「頭がいい」とはどういうことか?その定義を考える
Gellinger / Pixabay
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以前、ある番組で、

武田邦彦さんが言っていました、

「学歴のいい人ほど、“人格レベル”が低い」

と。

↑結構衝撃を受けます、この本。私この人、ホント好き。

 

で、

その“人格レベルの低い人”“日本を動かす要職”に就くから、

いろいろとおかしなことになる…

と。

 

まぁ、極端な意見ですけど、私、

「面白い意見だなぁ」

と思いました。

 

確かに政府の要職って、

学歴の高い人がなります。

ほとんど例外はないような気はします。

 

なんだかんだ言っても、

学歴は、

“ブランド”ですからね。

 

自分の頭で考えない人は、

とりあえず、

ブランドになびきます。

 

「え? ○○大学なの?

だったら信用できるのかしら…?」

と。

 

いや、私自身も、

40年近く生きてきて、

“学歴”って、やっぱり、日本社会において重視されるよなぁ……、

というのは、常々感じます。

 

実際、

やっぱり企業としても、

世間的なイメージを考えて、

その企業の“上役”には、

学歴の高い人を配置したがります。

 

これはもう、どうしようもないんです……。

 

てなわけで、

 

今回は、

学歴うんぬん抜きにして、

 

「頭がいい」とは、

どういうことなのか?

 

これを、いっしょに考えていきましょう。
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「賢い人」=「想像力豊かな人」?

『レイトン教授』

って知ってますか?


一時期、ちょっと流行りましたよね。

任天堂のゲーム機で発売された人気ソフトです。

 

ちょっとした「頭の体操」とも言える

クイズ・パズル・なぞなぞ等

を解くと、それによってストーリーが進んでいく、

”パズル・アドベンチャーゲーム”です。

 

あのゲームを監修したことでも知られている

多湖輝(たご・あきら)氏

が、こう言っています。

 
私の長年の観察によれば、想像力豊かな人たちの間には、
たしかに1つの共通点が認められる。

それは、彼らが、パズル、推理小説、奇術、落語、漫才という、

一連の“頭脳的遊戯”に対して、大いに興味を示すという点である。
 

と。

 

多湖輝氏は、クイズを作る側の人ですから、

ここで言う

「想像力が豊かな人」

というのは、

 

そのまま、

「クイズが解ける人」、「賢い人」

を指していると思われます。

 

「賢い人」を、「頭のいい人」と表現せずに、

「想像力豊かな人」

と表現しているのは、とても面白いなぁと思います。

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ここでちょっとクイズ

いきなりですが、

この問題、

あなたには解けますか?

 
こないだ、僕は寝室の明かりを消して、部屋が暗くなる前に、ベッドに入ろうしたんだ。
ベッドから明かりのスイッチまで、3メートルある。それでも僕は、暗くなる前にベッドに入ることができた。どういうことか分かるかい?
 

さあ、考えてみてください。

答えはもうすぐ発表です。

 

……その前に、

これが分かる人は、“学歴が高い人”でしょうか?

それとも、“想像力が豊かな人”でしょうか?

 

ただ、解けた人は、

「頭がいい人」

と言っていいですよね?

 

……さあ、どっち??

 

ハイ、

 

とりあえず、答えは、

「これは昼間の話だった」

です。

 

昼間ですから、もともと明るい。

明るいのに、あえて明かりをつけてたわけですから、

暗くなる前にベッドに入るのは、

誰だってできます……。

 

……いかがだったでしょうか?(^_^)

これ、あなたには分かりましたか?

「想像力のない人」=「老化している」?

解けなかった人、

「な〜んだ、くっだらね!」

と思いませんでした?

 

“子供”はこういうのに熱中するのに、

“大人”はすぐ言います、

「くだらない」

とか、

「こんなの解けても、何の役にも立たない」

とか。

 

それはなぜか?

 

大人は「分別がつく」からです。

 

猫だってそうですよね、

子猫の間は、ねこじゃらしに夢中になりますが、

1〜2年経ったらすぐに見向きもしなくなります。

 

あれ、要するに、

“分別”がついちゃったということなんですね。

 

この「分別がつく」とは、

要するにどういうことかと言うと、

 

悲しいかな、すなわち、

”老化”

しちゃったということです…。


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頭の柔らかい人は、脳が老化していない

アインシュタインに代表されるように、

世界の歴史において、

多くの偉人や、天才は、

学校教育に馴染むことができませんでした。

 

じゃあ、

 

「どういう教育を受ければ、

物事を自由に考えられるようになるのか?」

 

「どうしたら、

物事を自由に考えられるようになるのか?」

 

……これらの問いに答えは出せません。

 

少なくとも、

“教育”では無理なのです。


すなわち、

「学校の成績がよい」

「学歴が高い」

「頭が良い」…ではないということ。

 

自由に物事を考えられる

「頭の良い人(分別がついちゃった人)」

は、教育によって作られるのではありません。

(※すなわち「学歴の高い人」=「頭のいい人」ではありません。)

 

「頭の良い人」も、

(冒頭に出てきた)「人格レベルの高い人」も、

教育では、生み出せません。

 

では、どうすればそのような人間を育てられるのか…?

 

う〜ん、ちょっとこれは恐れ多くて、

私には断言できません……。

 

とりあえず最後に、

アインシュタインのこの名言で締めくくりたいと思います。

(これをもって、ご自分なりの結論を出しみてください。)

 
「想像力は、知識よりも大切だ。

知識には、限界がある。想像力は、世界を包み込む」

(20世紀最大の物理学者・アインシュタイン)
 

……いい言葉ですね。

 

実は、私、

いつも、思うんです。

 

大人としての経験値もちゃんとあって、

それでいて、何につけても

”知った風な顔”しないで、

いつまでも、分別のつかない人でありたい、と…。


(子猫のような無邪気さを持ちながら、

たくさんの知識を組み合わせて、

高度なことを考え、生み出すこともできる…みたいな。)


もう学歴はどうにもならないですけど、

そうして少しずつ、

自分なりの”成長”をしていければ、

と、

つねづね思っています…。


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