ある秋の日の盆栽講演レポート

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えー、今回は、

盆栽に関する講演に出かけましたので、

それのレポートといいますか、感想を少しお伝えしようと思います。

 

「レポートします!」といいたいところですが、

講演中は録音も撮影も禁止だったので。

 

盆栽に関する私なりの気付きや、新発見もありましたので、

そういったことを書いていきます。

では、スタート!

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植物が好きが集まるところには、いいオーラが漂っています

 

今回出かけたのは、

埼玉県川口市が主宰する

『川口市産品フェア』の催しの一つとして行われた

山田香織氏による

「世界に広がる! BONSAIの魅力再発見」

と題する講演です。

<山田香織>
盆栽家。彩花盆栽教室主宰。盆栽清香園五代目。著書多数。
盆栽清香園四代目園主 山田登美男のもとに一人娘として生まれ、
幼い頃より跡取りとしての盆栽に関する教育を受ける。
彩花盆栽の発表を主に、盆栽を若年層や女性にも広めようと盆栽のイメージに新風を吹き込み、 限られた空間に景色を表現する作風は、女性や若年層をも魅了している。
テレビ、雑誌、出版、講習会、さいたま観光大使を務めるなど多方面で活躍。

綺麗な方でした。

声も喋り方も品があって、

あまり「土」が似合うような感じはしなかったです。

会場は、普段、映画上映のイベントに使われる会場だったので、

スクリーンも立派だし、椅子もフカフカで快適。

今日は雨降りでしたが、会場に入ると、ピリッとしたとてもいい雰囲気でした。

開演前の写真なのでご勘弁を…。

印象に残ったこと

どのようなネットワークかわかりませんが、

盆栽好き、植物好きの間には、

「この木は見たほうがいい」というような有名な木があるようですね、日本各地に。

ちょっと忘れてしまいましたが、

山田氏が石川県にある「有名な木」のことを話していました。

海辺に生えている、風によって斜めに固まった木の話でしたが。

 

あと私は、


このような木の生え方を、

「懸崖(けんがい)」と呼ぶのだと、今回初めて知りました。

盆栽でもよくありますよね、これを再現したものが。


私は、こういうの、単なる”遊び”だと思っていたんです。

ただ、盆栽の形のバリエーションを増やすためにやっているのだと。

ですが、

自然に生えている「懸崖」をミニチュアとして再現しているものだったのですね。

 

でも、懸崖の生え方って、

植物にしてみたらちょっとかわいそうな感じもあるじゃないですか。

さっきお見せした川辺の桜の生え方なんて、

陽あたりがよくて、風通しのいいところに

桜自身が進んで枝を伸ばしていったら、

「おっとっと、やっちゃった。根っこもげそう…」みたいな。

 

でも、それを

”趣(おもむき)”として捉える見方もあったんだなぁ、と。

そのへん、私にとっては、ちょっとした気付きでした。

昔の日本人って、目のつけ方が面白いなぁと思いました。

 

盆栽の懸崖は、

立体感存在感がグッと増しますよね。

(単なる”遊び”だと思っていましたが、カッコいいなぁとは思っていたんです。)

そろそろ私も懸崖の盆栽を1個くらい持ってみようかな、と思いました。

 

そして私も、

日本各地の有名な木?を見て回る旅をしてみたいなと思いました。

盆栽樹形のひとつで、樹の先端部分が鉢縁よりも下にあるものを総じてこう呼ぶ。自然環境の中で断崖絶壁にしがみつくように生きる樹々を模したもので、生命力のたくましさや自然の厳しさなどさまざまなものを表現できる。
(コトバンクより)

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「盆栽」と「鉢植え」の違いとは?

山田氏自身がよく、聞かれるのだそうです。

「盆栽と鉢植えって何が違うの?」

と。

小学生に盆栽を指導することもあるらしく、

小学生にも分かりやすく答えるならば、

 

「鉢植えは、理科だけ。

盆栽は、理科と図工が混ざった感じ」

 

と答えるのだそう。

(これでも小学生が分かるかなぁ?という抽象的な答えですけど。)

 

私は、その答え方は面白いなぁと思いました。

 

要するに、

鉢植えは、

ただ植物を育てているだけ。

枯れずにそこにありますよ、ってだけ。

 

植物というものは、水をやって、日に当てれば、

二酸化炭素を吸収し、酸素を排出しながら成長しますよ、と。

 

一方、

盆栽は、

ただ育てているだけでなくて、

図画工作(特に絵画)のように、

「ここをこうしたらこう見えるかな…」

「もっとこういうふうにしてみよう…」

といった感じに、

人間の感性によって、意図的に手を加えられている

ということでしょうか。

 

自然のミニチュアというか、

「生きているジオラマ」のようなものでもあります。

(↓以前も私もこの記事でそういったことを書きました。)

【盆栽の魅力】盆栽の何がいいのか?独自視点でご紹介

2017.10.03

他に「ほほぅ…」と思ったこと

盆栽の木というのは、

肌(木の表面)が荒れていれば荒れているほどいいそうです。


↑自然の松の木はこんな感じになってますよね。

表面がブロック状になっているので、

これをベリッと剥がしたこともあります、私。(用もないのに。)

 

ただ、この肌の荒れ具合というのは、

樹齢とか、木の趣(おもむき)を表す指標でもあるので、

 

盆栽の場合は、

この状態を「目指す」んです。


↑こんなふうになるように。

…面白いですね。

 

あと、

盆栽の値つけや、価値に関する話もあったのですが、

何十年もの歴史のある盆栽には、

それと同じくらいの歴史のある鉢が合うそうです。

 

つまり、

樹齢の長い盆栽は、それなりの歴史的価値のある鉢に植わっているので、

そういう面でも値段は上がる、と。

(盆栽店で、ちょっと汚いくらいの中古の鉢が平気で売られているのは、そういった意味もあるのですね。古いのが欲しい人も、実際いるわけです。)

 

講師の山田氏は、

旅行など、出かけた先で、素敵な木を見かけると、

思わず触ったり、

大きな木だと、その前で手を合わせるのだそうです。

そういう感性って、いいなぁと思いました。

 

私自身も盆栽を初めて9年近く経ちますし、

公園の木や、身近なところで展示されている盆栽を見ると、

「ふむふむ…」と見入ることがありますが、

 

”山などにただ生えている、自然の木”

にまでは、目をかけることはありませんでした。

(懸崖状態の桜を見ても、そこに趣を感じるような感性まではなかったくらいなので。)

 

今後はもっと、自然の木に対し、

愛着を持って見ていこうと思いました。

…そういう大人になりたいんですね、私。
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植物の世話をすることで人生に深みが出るような気が…

盆栽を始めるたきっかけが何だったかは、ハッキリしないんですが、

こんな記憶があります。

 

実家に帰って、父と外を歩いた時、

父が、植物の名前をものすごくたくさん知っていることに驚いたんです。

野に生えている雑草から、公園に植えられている木まで。

その時、私、シンプルに、

「かっこいいなぁ〜」

と思ったんです。

 

自分はこのまま植物と接することなく、暮らしてたら、

父の歳になっても、おそらく植物の名前を全然知らないだろう、と。

自発的に興味を持たないと、情報って入ってきませんからね。

 

そんな出来事があってから、その数年後に何となく盆栽を始めた感じです。

(大した意気込みはなかったですが。)

(今でも、盆栽へのハマリ具合はまだまだ中途半端だと思ってますから。)

 

でもやっぱり、植物の世話をするようになってから、

すごく

世界が立体的に見えてきたような、そんな感じがしますね。

 

木にも花にも、人間がつけた名前がちゃんとあって、

足や羽で移動することはないけど、

みんなそこで生きている。

 

そんな、

そこらじゅう「”命”だらけの世の中」

自分が生きていることを実感すると、

すごく、自分の人生にも

深みが出てくるような気がします。

 

盆栽って、やっぱりいいですよ。

 

なんか途中から、自分語りになってしまいましたが、

そんな、ある秋の日の、盆栽講演リポートでした。(*^^*)

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