古舘伊知郎の最後の挨拶と現在。眼鏡姿を再びバラエティで

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かつてはテレビ朝日のアナウンサーとして、プロレス中継を担当していた

古舘伊知郎(ふるたち・いちろう)さん。

フリーに転身すると、『夜のヒットスタジオ』、『おしゃれカンケイ』など数々の番組を担当し、司会者としての地位を確固たるものにしました。

2004年からは丸12年間、テレビ朝日の看板番組『報道ステーション』のメインキャスターを務めたわけですが、そんな古舘さんの、これまでとこれからをまとめてみました。

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なぜ報道ステーション以外の番組に出なかったのか?

かつてはバラエティー番組で鳴らした古舘さん。

『報道ステーション』がスタートした当初は、『おしゃれイズム』も引き続き担当していましたが、2005年で退任。報道とバラエティー両方の顔を見せてくれたのはわずか1年のみでした。

他番組に出演しなかった理由は、

報道キャスターというイメージを守らなければならない

など様々あったと言われています。

また、

所属事務所の古舘プロジェクトには構成作家や製作陣も抱え、『報ステ』の制作を丸々請け負っていたので1回の放送で3000万~4000万円、事務所に入っていたと言われています。

つまり、事務所全体で完全に”報道ステーションシフト”をしていたのですね。これでは他の仕事を入れてはかえって面倒を多くし、メリットがあまりなかったのかもしれません。

古舘さんのギャラはいくらだったの?

あるスポーツ新聞の報道によると、古舘さん個人の年収は

およそ5億円

だったそうです。

もちろん仕事を報道ステーションのみに絞っていましたから、これは報道ステーションの一年間のギャラということになります。

古舘さんが同番組を降板した理由として、主にこういった背景があると言われています。つまり、テレ朝側は、

「古館さんをリストラし、ギャラの安いジャーナリストを起用したい」

という目論見があったのでは?と。

現在、メイン進行をテレビ朝日のアナウンサーへ変更し、視聴率もほとんど落ちることなく番組が継続していることから、何となく信憑性があるような気がします。

報道への思い

古舘さんは最後の出演で約8分間のスピーチを行いました。

その全文がこれです。

 私が大変気に入っているセットも今日が最後。04年4月に産声を上げ、12年の月日があっという間にたちました。私の古巣である、学舎であるテレビ朝日に貢献できればという思いも強くあって、この大任を引き受けさせていただきました。おかげさまで風邪などひとつもひくことなく、無遅刻無欠勤で12年やらせていただくことができました。これもひとえに、テレビの前で今、ご覧になっている皆様方の支えあったればこそだなと、本当に痛感をしております。ありがとうございました。

私は毎日毎日この12年間、テレビ局に送られてくる皆様からの感想、電話、メールをまとめたものをずーっと読ませていただきました。お褒めの言葉に喜び、徹底的な罵倒に傷ついたこともありました。でも全部ひっくるめてありがたいなと今思っております。

というのも、ふとある時気づくんですね。いろんなことを言ってくるけれども、考えてみれば私もこの電波という公器を使っていろんなことをしゃべらせていただいている。絶対誰かがどこかで傷ついているんですよね。それは因果はめぐって、自分がまた傷つけられて当然だと、だんだん素直に思えるうになりました。こういうふうに言えるようになったのも、皆様方に育てていただいたんだなと、強く思います。

そして、私がこんなに元気なのになんで辞めると決意をしたのかということも簡単にお話しするとすれば、そもそも私が12年前にどんな報道番組をやりたかったのかということにつながります。実は言葉にすると簡単なんです。もっともっと普段着で、もっともっとネクタイなどせず、言葉遣いも普段着で、普通の言葉でざっくばらんなニュース番組を作りたいと、真剣に思ってきたんです。

ところが現実はそんなに甘くありませんでした。たとえば、「いわゆるこれが事実上の解散宣言とみられております」と、「いわゆる」がつく。「事実上の」をつけなくてはならない、「みられている」と言わなくてはならない。これはどうしたって必要なことなんです。放送する側としても誰かを傷つけちゃいけないと、二重三重の言葉の損害保険をかけなければいけないわけです。そういうことをガチッと固めてニュースをやらなければならない。そういう中で、正直申しますと、窮屈になってきました。

もうちょっと私は自分なりの言葉、しゃべりで皆さんを楽しませたいというようなわがままな欲求が募ってまいりました。12年やらせていただいたというささやかな自負もありましたので、テレビ朝日にお願いして「退かせてください」ということを言いました。これが真相であります。

ですから、世間の一部で、なんらかのプレッシャー、圧力が私にかかって、辞めさせられるとか、そういうことでは一切ございません。そういう意味では、私のしゃべりを支持してくれた方にとっては、私が辞めるというのは、裏切りにもつながります。本当にお許しください。申し訳ありません。私のわがままです。

ただ、このごろは、報道番組で開けっぴろげに昔よりもいろんな発言ができなくなりつつある空気は私も感じています。この番組のコメンテーターの政治学者の中島先生が教えてくれました。「空気を読む」という人間には特性がある。読むから、一方向にどうしても空気を読んで流れていってしまう。だからこそ反面で「水を差す」という言動や行為が必要だと。私、その通りだと思います。つるんつるんの無難な言葉で固めた番組などちっとも面白くありません。人間がやっているんです。人間は少なからず偏っていきます。だから、情熱をもって番組を作れば、多少は番組は偏るんです。全体的に、ほどよいバランスに仕上げ直せば、そこに腐心をしていけばいいという信念を私は持っています。

という意味では、12年間やらせていただく中で、私の中でも育ってきた報道ステーション魂を、後任の方々にぜひ受け継いでいただいて、言うべきことは言う、間違いは謝る。激しい発言というのが、後年議論のきっかけになっていい方向に向いたじゃないかと、そういうこともあるはずだと信じております。

考えてみれば、テレビの一人勝ちの時代がありました。そのよき時代に乗って、あの久米宏さんが素晴らしい「ニュースステーション」というニュースショーを、まさに時流の一番槍をかかげて突っ走りました。私はその後を受け継ぎました。テレビの地上波もだんだん厳しくなってきた。競争相手が多くなりました。そういう中でも、しんがりを務めさせていただいたかなと、ささやかな自負は持っております。

さあ、この後は通信と放送の二人羽織、どうなっていくんでしょうか。厳しい中で、富川悠太アナウンサーが4月11日から引き継ぎます。大変だと思います。しかし彼には乱世の雄になっていただきたいと思います。私はこの12年の中で彼をすごいなと思ったのは、1回たりとも仕事上のグチを聞いたことがありません。そういう人です。精神年齢は私よりもずっと高いと思っています。どうか皆さん、3カ月や半年あたりでいいだ悪いだ判断するのではなく、長い目で彼の新しい報道ステーションを見守っていただきたいと思います。本当につらくなったら私に電話してきてください。相談に乗ります。ニュースキャスターというのは、本当に孤独ですからね。

私は今こんな思いでいます。人の情けにつかまりながら、折れた情けの枝で死ぬ。「浪花節だよ人生は」の一節です。死んでまた再生します。皆さん、本当にありがとうございました。

12年間を通して視聴率は上々でしたが、古舘さん個人に関しては、

何でもかんでも政権批判、政府批判、政治批判に結びつける

といったような批判を受けることも多かったようです。

しかし、「言葉の人」として、がんじがらめの規制の中で、精一杯誠意を込めた報道をされていたようですね。

その苦しみともどかしさが痛切に伝わる名スピーチでした。

古舘さんは番組降板後の約2ヶ月後、あるメディア取材でこうも答えています。

「キャスターの限界を感じた”敗北”の12年間だった」

と。

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古舘さんの現在、そしてバラエティ復帰はあるか?

 

そんな古舘さんは、番組降板後は、本を読み、映画を観て静かに暮らす一方、東南アジアを一人旅するなどし、熊本地震も現地で知ったそうです。

しかしやっぱり活動的な方なんですね、いつまでも隠居することに耐えられず、復活の時は意外とすぐにやってきました。

ちょうど3ヶ月の休みを経て、6月1日のトークライブで復活の狼煙を上げたのです。

その後の活動はまだ明らかにされていませんが、現在苦境に立たせているフジテレビをはじめ、水面下ですでに古舘伊知郎争奪戦は始まっているようです。

どうやら、リオオリンピックの実況など、個別の案件などはすでに決まっている模様。

冠番組の話も、もう企画が動いているのだとか。

噂されているのは、とんねるずの石橋貴明さんとタッグを組んだバラエティ番組。以前にも『第4学区』(フジテレビ)で共演していました二人ですし、真実味があります。

石橋

ポスト紳助?

報道もできてバラエティもこなすとなると、思い起こされるのは、島田紳助さんです。

紳助
その紳助さんも今やいなくなり、席も空いていることですし、古舘さんの存在感は今後の芸能界で猛威を奮いそうですね。

(ちなみに年齢は、実は古舘さんが2個上。古舘さんは現在61歳です。)

おまけ・古舘さんの眼鏡のブランドは?

日本代表する眼鏡人、古舘さんが愛用している眼鏡は、

theo(テオ)

9999(フォーナインズ)

といったブランドのようです。

ファンの方、チェックしてみてはいかがでしょう?

古舘さんの後継はこの人。子供がキラキラネームだそうで。
>>富川悠太アナは見た目若いイケメンだが子供の名前が変?

コメンテーターって奥深い…。時にはこんなトラブルも。
>>岡本夏生対ふかわりょう。キスも仲直りどころかセクハラに

とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンは90年代を代表するテレビスター。
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ABOUTこのブログをかいている人

大学卒業後、演劇と文筆活動をしながら、営業、販売、飲食、画家の助手、占い師の助手など、多様な職を経験。あらゆる業界に潜り込み、あらゆる人間関係に触れ、独自に人間心理の勉強をする。ひょんなことからある著名人のゴーストライターをやることになると、その後はフリーのもの書きに。このブログでは「人生のやっかいごと」をなるべくシンプルに解決できる実践方法や考え方を中心に、個人的に興味のある事柄を取り上げています。ふらっと立ち寄って何となく楽しんでもらえるような、そんな「お酒に合うブログ」を目指して。