気分が落ち込むのは、人からの評価を気にし過ぎているから

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「人は他人から愛されるためなら多くのことをする。

そして、

うらやましがられるためなら何でもする」

これはアメリカの作家マーク=トウェインの言葉。

度合いの大小はあれ、

人から愛されたいと思う人は多いでしょう。

愛されているという実感は

心の安定と自信につながります。

そのため、

時に、見栄を張ったり、無理をしたりすることもあるでしょう。

ですが、

究極的に人が求めているのは何でしょう?

「愛されている実感」ってどういうときに分かりますか?

人と比べると指標として分かりやすい

というのはあります。

でも、

ここが落とし穴なんですね。

何かをするとき、

「人からうらやましがられるため」

というのが

行動原理(目的)になってしまうと、

落ち込むことが

どうしても多くなってしまいます。

今回は

人はなぜ落ち込むか?

ということから、

どうしたら落ち込まずにすむか?

その対処法などを考えていきます。

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人の不幸は蜜の味?

「幸せ」は目に見えませんし、

手に取ることもできません。

ましてや、

幸せを感じるのに”絶対的な条件”などありません。

そうです、

”絶対的な幸せ”というものがないから、

多くの人は、

相対的な価値観で自分の幸せを測っているのです。

私はあの人より友達が多い

私はあの人より収入が多い

私はあの人より、お昼に高いものを食べた…

私はあの人より美人だ…

とか。

「人の不幸は蜜の味」

という言葉はまさに、

相対的な価値観で自分の幸せを測っているから

成り立つ言葉ですね。

(そこそこの支持率のある言葉ですが…。)

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SNS文化でさらに加速する相対的幸せ観

最近ではFacebookやTwitterなどで

すべての人が情報発信をできるようになりました。

これが実際、どのように使われているかというと、

昔でいう”記念写真的なもの”を

投稿しているケースが多いと思います。

旅行へ出かけ、記念に写真を撮る…

これまでは写真の現物を手に取った人しか見ることができなかったものが、

見たい・見たくないの気持ちを窺うことなく、スッと飛び込んでくるようになりました。

直接連絡をとらなくても、その人の近況が分かるといった、利点ももちろんあるのですが、

これは、より

「他人を強く意識する世の中」

に傾けている要因になっていると思います。

インターネットの普及で情報やコンテンツが溢れる中、

人は、

効率を求めているものの、

どんどん時間を失っている

と言えます。

何の時間を失っているか?

それは「自分を見つめる時間」です。

人生の時間は限られているので、情報やコンテンツを取捨選択しなきゃいけない、その

「決断力」だけは今まで以上に求められる時代になったのに、

どんどんと「自分」を失っているのが現代

だと思います。

そうすると、必然的に

かんたんにものごとの指標になる

「人との比較」

相対的な幸せを求めてるようになっていくんですね。

自分はあの人よりどうか?

といったような。

こうした「相対的な幸せ観」は昔からもあったと思いますが、

ここから脱出するのは、

昔よりもむしろ現代のほうが難しいかもしれません。

ijmaki / Pixabay

人はなぜ落ち込むか?

いよいよ、本題に入っていきます。

まず、

よく落ち込む人と、そうでない人がいますが、

落ち込む人には必ず、共通した人格があります。

落ち込む人というのは、

褒められたり、賞賛されたとき、

舞い上がって有頂天になったり、

自分自身を見失ってしまうほどの喜び方をする人です。

このような人は、

自分にとって不快な言葉や批判的な言葉、

自分が認めたくないような評価を受けると、

落ち込んでしまうのです。

…思い当たるフシはありませんか?

褒められると舞い上がるぶん、その逆を言われると

そのギャップが”落ち込み”になるんです。

ですから、

”舞い上がり”と”落ち込み”は必ず、同じ人の中にある。

どちらか一方あるというのではなくて、

必ずセットになっているのです。

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では、落ち込まないためには?

ここまで言うと、

もうほとんど答えは出ているのですが、

落ち込まないためには、

褒められても、

舞い上がったり、有頂天にならなければいいのです。

…そんなこと言ったって、褒められたら思いっきり喜びたいじゃん、という人もいるでしょうが、

そちらを選ぶのなら、

それも自由。

ただ、

一つ言えるのは、

自分の生き方や哲学、思想といったものが自分なりに確立していれば、

人の評価によって自分の気分が変わるということはありません。

自分の哲学に従ったわけですから、悔いることも恥じることもないわけです。

「これはどうだろう?」

「こうしたらあの人はどう思うかな?」

とビクビクしているからこそ、

人の評価が自分の気分に大きく影響を与えるのです。

(要するに、行動の1つ1つがギャンブルですからね。自分の哲学を持たないと、あらゆることに一喜一憂してしまうのも仕方ありません。)

「褒められて嬉しい」

それはいいのです。

それは誰だって嬉しい。

でも、

「褒めれれなければ嫌だ」

「批判されるのは嫌」

というのとは、ちょっと違います。

幼児性に決別し、大人になるというのは、

「自分で自分の人生観を作る」

ということ。

落ち込むというのは、

結局のところ、

「自分の中に確立された人格や生き方」

が、まだないということなのです。

失敗したり、過ぎてしまったことに対し、

後悔することも時にはあるでしょう。

でもそれが

その時のあなたの精一杯の判断なら、許してあげましょう。

過去の自分が未熟に思えるのは、

現在の自分がその時より成長している証拠。

他人と比較や他人からの評価でいちいち落ち込んでいると、前向きに生きていく時間がそのぶん減ってしまいます。

あなたの人生はあなたのために。

あなた自身の人格を磨き、豊かな人生を送るためにも、

落ち込む必要はないのです。

それがスッと分かった時、

あなたは

”大人”

になっています。

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ABOUTこのブログをかいている人

大学卒業後、演劇と文筆活動をしながら、営業、販売、飲食、画家の助手、占い師の助手など、多様な職を経験。あらゆる業界に潜り込み、あらゆる人間関係に触れ、独自に人間心理の勉強をする。ひょんなことからある著名人のゴーストライターをやることになると、その後はフリーのもの書きに。このブログでは「人生のやっかいごと」をなるべくシンプルに解決できる実践方法や考え方を中心に、個人的に興味のある事柄を取り上げています。ふらっと立ち寄って何となく楽しんでもらえるような、そんな「お酒に合うブログ」を目指して。