終わりのない毎日に「運」はやってくるか?

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さて、今日も今日とて、つらつらと、

頭の中にあることを書いていきます。

 

先日、私の仕事がらみだったのですが、

元自衛隊の方のインタビュー記事を読みました。

その方は、自衛隊の”特殊部隊”を立ち上げた方だったのですが、

記事の中に、とても印象的な言葉がありました。

 

それは、

「隊員の執着心を試すために、いじわるなことをする」

というもの。

 

そしてその”いじわるなこと”というのは、

 

「終わりの見えない作業を強制的にさせる」

 

ことだそうです。

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終わりのない作業に身を投じたときに「運」が試される

私がこのブログで書いているテーマの1つは、

「運」にまつわることです。

(テーマの一つというか、もしかしたら、これが本テーマかも知れません。)

 

「運」というのは、

何か願望があって、それが叶うか叶わないか…

ということですよね。

 

叶えば、運がいいということになり、

叶わなければ、運が悪いといことになります。

 

人が何かに挑戦する時、

それがうまくいくかどうかは、何の保証もありません。

(確率的に高いか低いかというのはありますが。)

 

確証のない世界、もしくはそうした取り組みというのは、

この元自衛隊員の方がおっしゃる、

”終わりのない作業”

というのに、すごく似てるな、と思ったんです。

神様のいじわる

隊員の執着心を試すために、

いじわるをする…。

 

これは、いわば

「良心のある、いじわる」

です。

(不思議な言葉ですが。)

 

これって、何か、”神様みたいな視点”だなと思います。

 

「お前は本当に、それになりたいのか?」

「あとで、後悔したりしないか?」

「願いが叶った後、途中で投げ出したりしないか?」

 

それを試すために、いじわるをする…

しかも、そのいじわるとは、

”終わりのない作業”。

 

…う〜ん、深いです。

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終わりのない作業を「やめる」決断力

私自身のことを振り返ってみると、

私って、

隠れた自信家で、

「別にここで無理して頑張らなくても、他の道もあるしなぁ…」

って、すぐ思っちゃいます。

 

これ、いわゆる、根性があるかないかの話じゃなくて、

(だいたい、嫌なことを我慢するのが”根性”なのかどうかもよく分かりませんが。)

自分が真に目指しているもの(もしくは得たいと思っているもの)以外には、

私は、まったく執着を持たない、ということですね。

 

加えて、

人並み外れて決断力と行動力があるので、

何事もすぐに見切りをつけます。

 

だから、すぐに何かをやめます。

 

「何かを始める時」に、決断力ってあんまりいらないと思うんです。

お金と時間がなきゃ、できないものは、できません。

 

決断力を必要とする場面は、

「何かをやめる時」です。

 

だから、やめる時って、何か、

気持ち良さがあります。

決断して、

「自分の人生を自分で動かしたゾ!」

っていう。

(もちろん、同時に不安もありますけどね。だってそのあとは、これまでのルーチン通りいかないわけですから。)

いじわるを受けていても、続けるのはラク。

もう一回話を戻すと、

 

終わりのない作業や、

終わりのない毎日に身を投じている時って、

神様に試されているようなもんだなぁ、って思ったんです。

 

同時にこれ、神様のいじわるなんですよ。

 

かつ、さきほども言ったように、

「良心のある、いじわる」

です。

 

とりあえず、それを続ければ、ルーチンは続きます。

その点からすると、

楽と言えば楽。

 

でも、

終わりがないので、

キツイと言えばキツイ。

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終わりのない毎日に身を投じると時間が圧縮される

終わりのない作業というのは、

時間の圧縮

とも言えると思います。

 

何にも進んでいないようで、

実は、神様に試されている。

 

短時間であれ、超・長時間であれ、

終わりのない作業に淡々と身を投じることができたら、

神様は、

 

「そんだけ執着心を見せるんだったら、

本格的にそこに行かせてあげますよ」

 

と、次のステージを用意してくれる。

 

比較的短時間で次へ進めた人は、

もういくらか「時間を圧縮」したと言えますし、

次のステージへ進んでしまえば、

そこへ行った人は、もう全員が

「圧縮した時の中」です。

おそらく、

ビュンビュン流れるように時が進むでしょう。

 

(…ややこしいこと言ってますね、我ながら。)

運は、いつ試されるか?

終わりのない作業を延々続けたり、

終わりのない毎日の中に進んで身を投じると、

そこには、

「運」の問題って、ないと思います。

 

私の経験でいうと、

20代の頃、

”安定したアルバイト”をやっていた時は、

「もし今、役者の仕事が来たら困るな…」

と思っていました。

(あ、私、役者を目指していたのもので。)

ここにいざ「運」がやってきたって、

自分から身を引いちゃいますよ。(アホ丸出しですけどね。)

 

あとから振り返って、

「あー、自分には運がなかったから、役者業がうまくいかなかったんだなぁ」

と思ったりしますが、

そりゃ当たり前の話。

 

だって、

ルーチンの渦の中にいることを私自身が望んでいたんだから。

 

だから、何て言うんでしょうね、

無理矢理まとめると、

「運」をキャッチできるだけのフットワークの軽さがないと、

「運」もやってこない。

 

明日も今日と同じような日になって欲しい、というような、

そんなルーチンを望んでいる人にとっては、

ある意味、不規則がつきものの「運」なんて、やってくるわけがないんです。

 

でも、

神様のいじわるは、

「良心的な、いじわる」ですから、

それに耐えても、それを選ばなくても…

どっちにも

幸せはやってくると思います。

 

というわけで、今回はここまで。

では、また。

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ABOUTこのブログをかいている人

演劇と文筆活動をしながら、画家の助手、占い師の助手、著名人のゴーストライターなど、数々の”珍職”を経験。現在は、童話作家、フリーライターの顔を持ちながら「ストーリーカウンセラー」としても活動中。こちらのブログでは「人生のやっかいごと」をなるべくシンプルに解決する方法・考え方を中心に、個人的に興味のあることを”総合的に”紹介しています。