親友いる・いないは自分次第。でも裏切るのはいつも親友?

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みなさんは親友っていますか?

「そんなの当然いるよ、いて当たり前!」

と答える人もいれば、

「う〜ん、いるかなぁ?」

と思わず唸ってしまう人もいると思います。

 

近頃のSNSでは、

人を登録するたびに

「友達の数」としてカウントされます。

でも、

そもそも、

友達の数を”数値化”するっておかしくないですか?

じゃあ、そこに載っていない人は、

友達じゃないってこと?

連絡先聞いた瞬間に友達になるってこと?

 

こうして、

「友達」の定義すら

あやふやになっていく時代、

「親友」の定義など、なおさら分かりにくくなっていきますね。

 

…今回は

「親友」

について少し語ります。

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何をもって「友達」か?

まずは友達について考えていきましょう。

 

友達は、

辞書で調べると、

互いに心を許し合って、対等に交わっている人

とあります。

…う〜ん、あいまいですねぇ。

 

「対等に交わっている」

という部分を汲み取ろうとすると、

「じゃあ、タメ口で話すってこと?」

と理解する人もいそうですが、

…それは違うでしょう。

 

世の中、そんな単純じゃありません。

(たとえば私にも、尊敬すべき、年上の友達が何人もいます。)

 

ここでずっと立ち止まってもしょうがないので、

いきなり極論を言いましょう。

互いが互いを認識し、(知り合っていて)

相手のことを自分が友達と思えば、

その相手のことは、もう友達でしょう。

 

(友達の定義が

人それぞれであるならば、

”自己認識”を尊重するしかありませんもんね…。)

 

ですが、

どうしても、

大人になると、

「自分にとってどんなメリットをもたらしてくれるか?」

で、

人付き合いをするか否かを決めてしまうところがあります。

 

異性をたくさん紹介してくれるとか、

たくさん奢ってくれるとか、

いつも相談に乗ってくれるとか、

褒めてくれるとか、

同じ趣味の話で盛り上がれるとか。

 

そうです、

現実的なメリットから

精神的なメリットまで、

人は、

その人と付き合うことにより

何らかのメリットがあるか・ないかで

その人と付き合うかどうかを決めます。

 

その人と共に

どんな美しい行為をしようが、

どんな悪どいことをしようが、

 

それが自分のしたいことであれば、

その人とくっつきたくなりますし、

その人と

「友達」

になろうとします。

 

どんなに綺麗事を言おうとしたって無理。

打算なく、無償の愛が注げるのは、

多くの場合、

親子関係であったり家族のみ

です。

(逆に言うと、親子関係、家族関係ってすごいですね。)

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では、親友とは何か?

親友は、

これもやはり辞書で調べると、このようにあります。

 
仲がいい友人。うちとけてつき合っている友だち。
…やはりあいまいですねぇ。
「仲がいい”人”。うちとけて付き合っている”人”」
とすると、まんま
「友達」と同じ意味です。
このことから、自動的に
「友達の中でもさらに仲が良いのが親友」
ということになりますね。
あれ?
これじゃ誰もが思ってる解釈と同じです…。
そうするとまた、自動的に

互いが互いを認識し、(知り合っていて)

相手のことを自分が”親友”と思えば、

その相手のことは、もう”親友”…

 

ということになります。

 

結局のところ、

友達も親友も、

自分がそう思った時にできるもの。

 

SNSでカウントされる数をそのまま

「友達の数」と思うのも自由だし、

これは単なる「知り合いの数」

と思うのも、各自の自由です。

(まぁ、「友達の数」と表示されちゃってるんですけどね。)

 

とりあえず、

友達も、親友も、(根拠なんてない)

”そう思う心”があるだけなのです。

 

…これを踏まえた上で次にいきましょう。

親友ほど裏切る?!

時に

「親友に裏切られた…!」

と言って落ち込んでいる人がいます。

 

その人は、

 

親しい友達の中でも、さらに親しいと思っている「親友」

 

に裏切れられたことで、

一段と落ち込んでいるわけです。

 

でも

親友と勝手に思っていたのは、

当人だけかも知れません。

 

ある心理学者の調べによると、

 

「親友」

という言葉を乱発する人ほど、

「裏切られた」

という言葉を乱発しているのだそうです。

 

親友と思わなければ、

そこには、

親友に裏切られる」

という、ショッキングな出来事は起きなかったわけです。

 

「親友」という判断は、

自分の勝手(自由)な思い込み。

 

(「裏切る」という言葉も解釈がまた難しいのですが)

裏切ったのなら、親友ではなかったということです。

 

要するに、

ただ、

人を見る目がなかったというだけのこと。

”悲しむ”よりも、”反省”すべきことですね。

 

「自分には『友達』がたくさんいる」

「私は『友達』が少ない」

とか、

(親友でも同じですけど)

このような言葉は、

独自の自由な解釈ですので、あまり意味がないように思います。

 

さらに言うと、

「この人は友達だろうか?親友だろうか?」

という格付けもまったく意味がありません。

 

ただひとつ言えるのは、

 

金銭など「現実的なメリット」

ではなく、

お互いを慰め、励ましあい、互いを高め合えるような

「精神的なメリット」

をお互いに享受できる関係のほうが、

より

”無償の愛”

に近いと言えるので、

人付き合いとしては、格が上であると言っていいでしょう。

 

実際、こうした関係は少ないからこそ成立するのであって、

「オレは友達が多い」

「私は親友が多い」

なんていう言葉は、

逆に怪しさを漂わせますね…。

(他人と家族になれる「結婚」という制度も、基本的には”一人”にしか適用されませんし。)

 

というわけで

どうか、みなさま、

SNS表示の「友達の数」に惑わされないよう

お気をつけください。

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ABOUTこのブログをかいている人

演劇と文筆活動をしながら、画家の助手、占い師の助手、著名人のゴーストライターなど、数々の”珍職”を経験。現在は、童話作家、フリーライターの顔を持ちながら「ストーリーカウンセラー」としても活動中。こちらのブログでは「人生のやっかいごと」をなるべくシンプルに解決する方法・考え方を中心に、個人的に興味のあることを”総合的に”紹介しています。