
名作昔話を掘り下げる、第3回目は、
シンプルながら、とても美しいストーリー展開で、
しかも笑える昔話、
『ミョウガ宿』
をお送りします。
今回ご紹介する話は…
↑この中に収録されています。このストーリーのモチーフ(発想の原点)
宿に、お金持ちが泊まりにくる。
宿主は、そのお客さんから、大きな財布を預かるのだが、
「持って帰るの忘れてくれないかなぁ」と願う。
ですが、忘れたのは自分のほうで、
宿代ももらわずに、お客さんを送り出してしまった……。
天(世界観)・地(場所)・人(登場人物)
・「日本のむかし」
・「ある宿」
・「老夫婦」
・「ある宿」
・「老夫婦」

今回は3回目なので、
ここをもう少し、詳しく触れましょう。
「天」にあたる、時代・世界観設定は、
通常、物語創作をする際には、一番頭を悩ませるところです。
ファンタジーの物語を書く際には、
「リアルな世界の中に“ファンタジーの入り口”を設けるか?」
それとも、
「リアルとファンタジーの“境目のない世界観”でいくか?」
を決めなくてはいけません。
↑『千と千尋』では、ファンタジーの入り口は、あのトンネルですね。
↑このように、いきなり動物がしゃべれば、“境目のない世界”です。
昔話は、当然……そうです、「境目のない世界」です。
実は昔話の、
「むかーし、むかし……」って、
魔法の言葉なんです。
“何でもアリ”の世界に、スッと入っていくことができますからね。
この連載では昔話の場合、この「天・地・人」の「天」は、
「日本のむかし」
と、ごく簡単に書かせてもらってますが、
こんなにシンプルに済ませられるのは、「昔話だからこそ」なんですね。
あらすじ(物語のおおまかな設計図)
宿をやっている老夫婦のもとに、
薬売りの男がやってくる。
ずっしりと重い財布を預かった老夫婦は、
薬売りがこの財布のことを「忘れてしまう」ように、
物忘れが激しくなるという野菜 “ミョウガ”を、さんざん食べさせる。
しかし、効果なし。
薬売りを見送った後、ガッカリした2人は、
宿代をもらうことを忘れていたことに気付く……。
起承転結は?
起
老夫婦が経営する宿屋に、お金をたくさん持った薬売りがやってきて、
2人に財布を預ける。
承
2人は、お金を自分のものにしたくて、
薬売りにミョウガをたくさん食べさせる。
転
財布のことを忘れ、一度は去る、薬売り。
しかし、すぐ戻ってきて財布を持って帰る。
結
ガッカリする老夫婦。しかも、宿代をもらってないことに気付く。
このストーリーのポイントは?
昔話にはよく、おじいさんとおばあさんが出てきますが、これはなぜかというと、
ストーリーが進行しやすいのですね。
子供や若者だと「何かの強い目的」があって然るべきと思ってしまいますが、
老人のように、ある種“枯れた存在”であれば、
どんなストーリーにも当てはめることができます。

しかも、これには特典があって、
老夫婦に“キャラクター”がつくと、
さらにエグイんです。
『花咲か爺さん』に出てくる意地悪じいさんも、
老人なだけに、エグイです。
この物語に出てくる老夫婦は、
まぁエグイほどの悪人ではないんですが、
老人(枯れた存在)なのに、
しかも、宿主なのに、
「え? そんなこと企んじゃうの?」
というところが、また面白いです。
これが老人じゃなかったら、読者(聞き手)はこんな反応になりません。
ミョウガづくしの料理を食べさせるところは、
ほんの少し描き、
薬売りと別れるシーンと、
薬売りが帰って2人で話すシーンは、
まるで小説のように描かれています。
もうね、このリズムが心地よい!
このメリハリを効かせた後に、
「薬売りは、財布のことを忘れなかった!」
しかも、
「宿代もらうの忘れちゃった!」
……という、二段オチがまたまた爽快です。

さらにさらに!
男の職業が、薬売りってことは、
「もしかしたらこの薬売りの男、実はぜんぶお見通しで、
老夫婦を、手のひらの上で転がしてたんじゃないの?」
と思いを巡らせると、何とも楽しい読後感が得られます。
……もう、完璧なストーリーです。
このストーリーの伝えるメッセージは?
この物語には、人類愛に通じるようなおおげさなテーマは、ほぼありません。
ただ、物語作りのテクニックが、ギューッと凝縮されています。
設定を変えて、諸要素を違うものに置き換えれば、
いくらでも「創作材料」になりそうな話です。
でも、ここまで爽やかな読後感になれるのは、
これが昔話だから、こそですね。
(「むかーし、むかし…」といった魔法の言葉も、
昔話以外では使えませんし。)
……というわけで、
まるで、逆ドッキリのような
爽快な昔話『ミョウガ宿』を
名作昔話を掘り下げる、第3回目としてお送りしました。
何らかのお役に立てば幸いです。


【第1回】名作昔話『猿のひとりごと』に隠された“夫婦関係”の投影
2019.6.22
「名作昔話を掘り下げる」コーナー、記念すべき第1回目は、 私の大好きな昔話 『猿のひとりごと』 をお送りします。...