分かり合えない人は必ずいる。性格の違いは教育の違い、伝統の違い
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まくしーです。

今日は「大人の人間関係」について、少し書いてみたいと思います。

 

ずっと以前に、私、ある高名な日本画家の方の、助手を務めさせてもらっていた時があるんです。

その方が言っていた言葉で、忘れられないものがあって、それは、

 

わざと横柄に振る舞うようにしている

 

というもの。

 

芸術作品というのは、評価が難しいもので、今高く評価されているものも、本人や関係者の売り込み(要は“プロデュース”ですね)によるものが大きいと思います。

 

今ではこうして当然のように、こんなことを言っている私ですが、当時30歳そこそこだった私は、この画家のこの言葉に、衝撃を受けたんです。

「そんな考え方があるのか!」と。

それからまた5年ほど経ち、私は、あるジャーナリスト(この方もちょっとした有名人)の助手として、取材同行をする毎日を過ごすようになります。

 

今思い返すと、この方も、前述の画家が言っていたことと、似たようなことを言っていたんですね。

それは、

 

約束の時間通りに行くと、かえって軽く見られる

 

というもの。

 

私が助手として、取材(会談)時間に遅れないように焦りだすと、この方はこんなことを言うんです。

 

私は、「いやいや、やっぱり遅れるのはよくないですよ……」と、いつも軽くツッコミを入れてましたけど。

 

この方の狙いも、画家の方と、ほぼ同じだと思います。

横柄に振る舞うことによって、自分の地位が「上」であるということをアピールするんですね。

 

画家の方の場合は、いつも意図通りにハマっていましたけど、その方の場合は、いつもうまくいくわけではなく、実際、相手に腹を立てられることもありましたね……。

(非常にカッコ悪かったです……。私も恥ずかしかったですし。)

 

そんなわけで、今回は、

「人間関係の主導権を取ろうとして、わざと横柄に、もしくは高慢に振る舞うこと」

について考えていきたいと思います。

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怖がられると便利?

以前見たテレビで、元ヤンキーと称する人が、こんなことを言っていました。

 

「ああいう格好してると、便利なんすよ。どこ行っても、道あけてくれたり、わがままが通ったりするんで」

と。

 

これを聞いて、ちょっと腹が立つような感じもしましたけど、

「……なるほどな」

とも思いました。

 

人を動かすのは気持ちがいいものです。

 

大抵の場合、お金が必要だったりするんですが、いかつい格好をしたりして怖がられると、その権利が、言わば“無料”で手に入るわけです。

 

人を動かすのとは反対に、人は、自分の存在を無視されるのが一番キツイです。

自分の存在によって、何かに影響を与えたり、自分の言動に反応をしてくれたりするだけで、ちょっとした喜びを感じるものです。

 

怖がられる格好をしたり、不遜な態度を取ったりすると、要は、そんな反応が、顕著になるわけです。

「生きている喜び」をお手軽に感じられるわけですね。

……これは確かに便利です、かつ、お得ですね。

 

ただ、まぁ、持論を言うと、自分の影響による反応で、最も喜びを感じるものは、「感謝」だと思います。

 

怖がられることによって得られる反応では、このステージには絶対に辿り着けません。

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人はこうしたことを「本能」で悟るのか?

画家の方にしても、ジャーナリストの方にしても、テレビに出ていたヤンキーにしても、こうした、

 

高慢に振る舞うと(怖がられると)、相手をコントロールできる

 

ということを、どこで知ったのかが気になります。

 

こんなことを誰が直接教えてくれるでしょうか?

誰にも教えてもらっていないとしたら、本能で悟ったのでしょうか?

 

私なりに考えると、まぁ、本能に近いものであると思います。

 

やっぱり、「見た目」の力って大きいです。

 

いくら人間に優れた知能が備わっていても、“お金”を用いた高度な社会が築かれていようとも、頭を使ったり、ルールに従ったりするのは、面倒です。

 

外見で判断するのが、簡単ですし、やっぱり本能に根ざしています。

(小さな子供だって、ブサイクな人よりも、美男美女に惹かれますよね。)

 

怖がらせることで相手をコントロールしようとする人は、

「難しいことは抜きにして、そこに賭けることを決めた人」

とも言えますね。

 

ただこれ、知能が低い、レベルが低い、なんてことではなく、お金でも、システムでも解決できない時には、「最後の手段」にもなり得ると思います。

 

決して軽んじるなかれ、ですね。

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こうした方法を使う人・使わない人はどう違うのか?

私個人の意見を言えば、こうした手法があることに気付いても、やっぱり、使いたくはないですね……。

 

「感謝される」という最高のステージを目指しているから、というわけでもなく、ただただ、自分という人間にフィットしないんですよ。

じゃあ、こうした手法を使う人と、使わない人は、どういった差があるのか?と、考えると、それは「性格の違い」です。

 

じゃあ、その性格の違いは、どこからきているのか?

もしかして、遺伝子レベル?

……なんて考えてしまいそうですが、

 

私が思うに、性格の違いは、教育の違いです。

 

親が、子供を大声で制したり、おどしつけるようなしつけをしたりすると、そのようなやり方を、子供が覚えてしまうのだと思います。

 

けたたましいしつけ方だけでなく、案外、静かにすごんだりするのも、同じ結果を招くと思います。

経済力や、社会的地位なども、相手を思い通りに操るための重要な武器となりますが、外見や態度もまた、立派な武器となります。

 

まぁ、何事につけても、必要以上に相手を操ろうとしちゃいけませんが、

 

知能や理屈だけに頼っても、なめられてしまう……

 

というのは、ありますよね、実際。

 

気をつけたいと思います。

 

最後に、少し余談ですが、お隣の2国などは、そういうテクニックに長けてますよね。

 

あれも、遺伝子レベルではなく、教育を含めたその土地の伝統などが、影響しているのだと思います。

 

具体的に言うと、こちらは「嘘をつくな」という教育・伝統であるのに対し、かの2国は、「生きるためには嘘をつけ」という教育・伝統であるということですね……。

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